堀田一樹先生(理学療法学科、運動生理Lab、運動機能医科学研究所)の研究論文が『Cardiovascular Revascularization Medicine』に掲載されました!! この研究は,米国フロリダ州立大学医学部とタラハシー記念病院との共同研究であり,末梢動脈疾患を有する高齢者に対するストレッチングの効果に関する研究です.研究の詳細は,以下のようになっております.
研究の概要
末梢動脈疾患は脚(あし)の動脈の狭窄あるいは閉塞により,脚の血流障害が生ずる疾患です.運動時に脚の筋肉では多くの酸素・血流を必要とするのですが,十分な酸素供給が得られないため歩行時に疼痛が出現するという特徴的な症状(間歇性跛行;かんけつせいはこう)が出現します.間歇性跛行は命に関わらない症状として軽視される傾向にありますが,間歇性跛行を有する方の生命予後(5年生存率)は日本国内のがん患者と同等か更に低いと報告されています.重症化すると下肢の切断に至るため,末梢動脈疾患を有する方の命と脚を救済し,QOLをサポートするためには,患者の歩行能力の向上が重要であることは言うまでもありません.しかしながら,運動時に脚の疼痛が出現するために運動療法への参加率が低いことが問題です.また膝から末梢部位の動脈狭窄・閉塞に対しては,外科的治療や血管内治療が困難な場合が多いため,運動療法と薬物療法に対する期待が高いのが現状です.
本研究では,非外科的・非薬物的治療として骨格筋のストレッチングを,末梢動脈疾患を有する高齢患者様を対象に効果を検証しました.全ての症例は中等度の末梢動脈疾患を有し,歩行時に下肢症状を有する方々でした.本研究は米国のタラハシー記念病院とフロリダ州立大学医学部の共同研究として実施されました.図2に示すような装具を用いて,足関節(足首の関節)を伸ばしてふくらはぎの筋肉(下腿三頭筋)に対してストレッチング刺激(在宅にて1日30分間,週5日,4週間,図2)を加えました.ストレッチングの後に超音波画像診断装置(図1)を用いてふくらはぎを栄養する動脈(膝窩動脈)の血流依存性血管拡張能を血管内皮機能の指標として計測しました.歩行耐久性の指標として,6分間で歩くことのできる距離を計測しました.その結果,4週間のストレッチング後に膝窩動脈の血管内皮機能が改善を認めました(図3).また,血管内皮機能の改善の程度が大きい人ほど,歩行距離がより大きく延長することも分かりました.以上のことから,在宅でのストレッチングは末梢動脈疾患を有する高齢患者の脚の血管内皮機能と歩行耐久性を改善することが示されました.
図2.本研究で用いたストレッチング機器(足関節装具)
堀田先生からのコメント
この研究は,クロスオーバー法と呼ばれる研究デザインで実施されました.この研究デザインは新規治療の効果を小規模の研究で検証する際に適した方法です.一方で,その効果について正しい結論を導くには,患者を治療する群と治療しない(あるいは偽の治療を施す)対照群に無作為に分ける無作為比較対照試験(RCT)という研究デザインで検証する必要があります.ストレッチングは古くから筋肉の柔軟性を高めるために実施されてきましたが,本研究の新しい点は「血管治療」としての有用性に着目した点です.私は加齢動物(ラット)の後肢に対してストレッチした際の血管の機能的変化やそのメカニズムについて報告してきました(Hotta, et al. J Physiol 2018).本研究は, 動物で得られた知見がヒトでも同様に認められるのかどうかを検討するために,新たに末梢動脈疾患を対象として研究を始めました.今回論文が掲載されたことをきっかけに,今後は日本国内あるいは日米の国際共同研究としてRCTを進めていけることを期待しています.
本研究のポイント
本研究の対象は,高齢かつ間歇性跛行を有する末梢動脈疾患患者様を対象としました.こういった患者様は「歩くと脚が痛い,痛いから歩かない,歩かないと機能が更に低下する」という悪循環に陥りやすく,日常生活動作だけでなくQOLの低下も生じます.ストレッチングは運動とは異なり,装具を装着することで実施できます.ベッドで寝たまま,TVを見ながらでも実施可能なため,極めて高い参加率が期待できます.歩行を中心としたリハビリテーションプログラムに参加できない(希望しない)患者に対するオプションとして,ストレッチングプログラムが有用であることを本研究は示唆しています.
本研究で用いた装具は,既に市販されている装具です.超音波画像診断装置を用いて血管内皮機能を評価しましたが,「血管内皮」とは動脈の最内層に位置する一層の細胞です.血管内皮細胞は一酸化窒素など血管の拡張・収縮を引き起こす物質(血管作動物質)を放出します.血管作動物質は近傍の血管平滑筋細胞に働き,その結果血管が拡張(あるいは収縮)します.本研究では,血管内皮依存性の血管拡張能を評価することで血管内皮の機能を評価しました.ストレッチングによりなぜ血管内皮の機能が変化するのかについては不明な点が多いですが,「伸びる(ストレッチ)」という機械的な刺激が内皮細胞の機能変化のメカニズムの一つであるかもしれません.本研究に多大なご協力を頂いたタラハシー記念病院のDr. Batchelor(図4)とフロリダ州立大学のDr. Muller-Delp(図5)の両氏に深謝いたします.
原著論文情報
著者:Kazuki Hotta, Wayne B. Batchelor, James Graven, Vishal Dahya, Thomas E. Noel, Akash Ghai, John N. Katopodis, William C. Dixon, Rebecca Andrews, Aimee Pragle, Jegghna Chheda, Lia Liberatore, Brad J. Behnke, Judy Muller-Delp タイトル:Daily Passive Muscle Stretching Improves Flow-Mediated Dilation of Popliteal Artery and 6-minute Walk Test in Elderly Patients with Stable Symptomatic Peripheral Artery Disease 雑誌:Cardiovascular Revascularization Medicine