2019年度より,新しく理学療法学科に赴任された佐宗亜衣子先生(理学療法学科,人類学・解剖学Lab)より自己紹介および研究紹介,皆さんへのメッセージを頂きました.
佐宗先生の自己紹介
学部時代は慶応大学文学部民族学考古学専攻で考古学を学びました。しかし、土器や石器には興味がもてず、卒論のテーマが決められず困っていました。そんな中で受講した人類学の講義で初めて本物の人骨に触れ、その機能的な美しさに衝撃をうけました。それ以来、人骨一筋に学び、研究してきました。
東北大学では大学院生として人体解剖学を学び、琉球大学医学部で解剖技官として献体業務に従事しました。その後、国立科学博物館人類研究部や東京大学理学系研究科と総合研究博物館で古人骨標本の展示や研究を行ってきました。様々な分野を渡り歩いているように思えるかもしれませんが、私としてはずっと人体の不思議さを追求してきた一つの道のりであると感じています。
学歴:
平成7年 慶應義塾大学文学部史学科民族学考古学専攻 卒業
平成10年 東北大学大学院医学系研究科障害科学専攻人体構造学講座前期博士課程 修了(修士号:障害科学)
平成28年 東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻博士課程 単位取得退学
職歴:
平成10~14年 琉球大学医学部解剖学第一講座
平成15~31年 東京大学総合研究博物館人類先史部門
佐宗先生の研究紹介
ここ最近は縄文人の虫歯や歯周病など、口腔の衛生状態について分析する研究を行ってきました。
虫歯の発生率は食糧中の糖の量に強く影響されます。先史集団の研究ではこの齲歯(うし)率の上昇は穀類など炭水化物の摂取量が増加したことを意味し、植物の栽培や農耕が始まったことを示す指標の一つとされています。また、歯周病については、直接的な発生原因は臨床歯科においても未だ明らかになっていませんが、より柔らかい食物を摂取することにより口腔内に歯垢がたまり不衛生となることで発症し易くなると考えられています。
私の研究では縄文人骨でこの齲歯や歯周病と、歯の咬耗、歯冠損傷(歯冠の欠け)について調べて、縄文時代の約1万3千年の間に縄文人の口腔状態がどのように変化したかを調査しました。その結果、早期、前期、中期、後期、晩期という5期で比較すると、早期と前期以降の間に⼤きな隔たりがあることがわかりました。早期は咬耗や歯冠の損傷が激しく虫歯は少ないのですが、前期から中期にかけて1)齲⻭率の急上昇、2)男女差が大きくなる、3)沿岸部と海岸部の遺跡での差が大きくなるという変化が見られたのです。これは縄⽂前期から中期に性的分業あるいは⾷料分配での性差が明確になり、遺跡の周辺資源や植物資源への依存が⾼まったためと解釈できます。そのような変化は移動性の⾼い狩猟採集集団から定住的な狩猟採集社会への移⾏したためであろうと考えられます。さらに後期から晩期へ向けて、齲⻭率がさらに上昇し男女差小さくなることが観察され、より本格的な栽培経済へと移⾏したと考えられます。このように古人骨の歯や顎骨に残る痕跡を細かく観察して、様々な観点のデータと合わせて分析することで、先史集団の社会や食性の変化を垣間見ることができます。
茨木県の中妻貝塚から出土した縄文人骨に見られる虫歯。
歯冠と歯根の境や、歯と歯の間(隣接面)に見られることが多い。咬合面の虫歯は少ない。
佐宗先生より在学生へのメッセージ
解剖学の知識は全ての医療系の仕事の基礎となるものです。その一方で、たくさんの用語を覚えなければならず、暗記科目として苦手意識を持つ人も多い事でしょう。解剖学や人類形態学が明らかにしてきた人体の不思議や面白さを伝え、みなさんと共有できればと思っています。